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ハンセン病理解に尽力 加賀田さんお別れ法要
日本海新聞 (3月26日)

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「もういいかい~ハンセン病と三つの法律~」の映画に出演してくださった加賀田一さんが、3月21日に亡くなられました。心からご冥福をお祈りいたします。
日本海新聞にお別れ法要の模様が掲載されましたので、記事を紹介します。

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お帰りなさい-。ハンセン病への偏見の解消や回復者の環境改善のために闘い、21日に亡くなった加賀田一さん(94)のお別れ法要が25日、ふるさとの鳥取市用瀬町内の葬儀場で行われた。親族や町民ら約100が故人をしのび、冥福を祈った。

お別れ法要は、「最期は郷土の土に帰りたい」という加賀田さんの遺志をかなえようと、親族らが遺骨を持ち帰り、開いた。葬儀は22日に岡山県瀬戸内市の長島愛生園で済んでいる。

読経が流れる中、2人が弔辞を読み上げた。医学生のころから親交があった鳥取市の「野の花診療所」院長の徳永進さんは「加賀田さんは人間が人間としてのありようについて中庸の立場で考え、悩み、実践行動を続けてきた。隔離の世界から病友と力を合わせ、石窟を掘るようにして開かれた世界をつくろうとされた」と故人に思いをはせた。

焼香では、2000年3月に行われた「おかえりなさい町民集会」の様子などがスライドに映され、参列者は在りし日の姿を目に焼き付けていた。

また、加賀田さんの最期をみとった施主の加賀田さゆりさんが「無知ということほど怖いことはない。無知が偏見を呼び、偏見が差別を生むということを教えてくれた。尊い生き方を教えてくれた大恩人だった」と、親族を代表して謝辞を述べた。最後には、「いつの日にか帰らん」と望郷の念がこめられた「ふるさと」を参列者全員で歌い、加賀田一さんにお別れした。

加賀田一さんは19歳で発病し、行政などの隔離政策で同園に入所。完治後はハンセン病に対する根強い偏見の解消などに尽くした。同園元鳥取県人会長。

(写真キャプション)
親族を代表してあいさつする加賀田さゆりさん=25日、鳥取市用瀬町鷹狩のメモワール・イナバ鳥取南

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